伴野和孝さん2「吹奏楽部や美術部に入ることは人とみなされない」田舎の文化系子ども時代から映像業界へ

一週目で無事に無職となった伴野さん、今週はさかのぼって映像業界にいたる子ども時代から始まります。

どの部活に入るかには、駆け引きとはいかないまでもいろんな思惑が交錯するものですね…ちなみに私は中学時代美術部(と駅伝シーズンだけ長距離)でした。で、小学生時代は、文化系とスポーツ系の交差点(詳しくはラジオで)、卓球部にちょっといました。カンナさんの言うとおり。

実際に伴野さんが何部に入ったかはラジオでのお楽しみとして、もう一つ伴野さんと背景的に共通していたのが、兄弟姉妹からの影響。自分は兄弟から影響を受けたかというとそうでもない気がしていたけれど、生活環境自体にすでに影響があったなと、今思えば。逆に言うと、上の兄弟がいない人たちはどうやって自分の文化を作っていっているのか、不思議になるくらい。後から来る者は、上に追随するにせよしないにせよ、まず一つの選択肢が与えられている感じ。

そして分岐点とは、一本から別の一本へすらっと折れ線を描くこともあれば、いくつもの可能性の中で迷って選ぶ一本というのもあるのだろう、分岐点もいろいろだなあと思いました。(だ)


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